プロフィール

看護師セラピスト水野誠一

私は、高校卒業後に運送業、生産管理職、介護職、一般病院の医療職(看護師)、福祉施設の看護師へと歩んでいます。

資格を得るために仕事をしながら准看護師・看護師の学校へ通い38歳の時に看護師資格を取得しました。

看護師として療養病棟・内科病棟・手術室・救急外来勤務を経て現在では福祉施設で勤務をしています。

高校卒業後に4tトラック運転手から生産管理職などの仕事を経て介護の世界に福祉業界に入りました。

介護職をしながら准看護師・看護師の学校に通い38歳で看護師資格を得ましたが、これからも、今も新しい分野に挑み中です。

当時の名称では、ホームヘルパー2級の資格をとってから介護職に5年間、介護職をしながら准看護専門学校に准看護師で働きながら看護師専門学校にそれぞれステップアップしてきました。

看護師として療養病棟、内科病棟、手術室、救急外来を経て、現在は福祉施設で勤務してます。

私は幼少期の頃は、人見知りであまり感情をださない内向的な性格でしたが身体は健康的であまり病院やクリニックに行かなく育ちました。しかし、風邪でクリニックにかかることになり、無口な私を優しく笑顔で接してくださった看護師さんに憧れ将来の職業にと秘めて育ちました。

私は3人兄弟の真ん中で育てられ家庭環境的にも裕福でなかったが私立高校まで両親は学費を出してもらいました。しかし、専門学校までは厳しい環境、高校を卒業後に運転手になりました。

妻と出会い共に暮らしをしてから介護の世界に…妻のお腹に子供を授かっている時は
准看護専門学校に入るため勉強しながら働く生活をしていました。

当時、レイキというのは信じてませんでしたが父親は他界したときに息が止まった瞬間に天井は『ガタガタ』と3秒ぐらいの物音がして魂が天に召されたと思いました。その時からレイキを信じる様になりました。

私は他の人と話すことも接し方も苦手で過ごしてきました。仕事をしているうちに頭の中は「嫌だな。頭痛がする。腰が痛い。」とネガティブな思考になり心身に症状が出るようになりました。

 日々、仕事をしているうちに腰が痛くなり、膝も、手首も段々と痛む所が増えていく
職場の同僚や先輩、後輩も同じように状況でした。そして痛みから退職する人も数知れず。
また、患者・利用者さんや職場の人と接していくうちに内面的にも疲れてしまって退職する人も多く、私も同じく退職して転職をし環境を変えてきました。

 様々なことを背負って働き私は子供を養うため家庭のことを考えながら働きました。
運転手・事務職からの福祉・医療職種になり。まして、38歳からだと様々な事がありました。先輩や上司にきついことを言われ看護師としての自信もなくなりそうなときや頭痛・腰痛などに症状がでることが多々ありましたが
それでも家族を養うために働きの日々でした。

家族に相談できる内容を話して解消できのもありましたが同じ職種・業界の人でないと…の想い【人を癒したり痛みを和らぐ】ことがしたいと思い看護師セラピストとして活動を始めました。
辛い・悩み・悔しいことを、少しでも癒し前向きになれるようにお互いに頑張りましょう。

心も身体も元気になると自然な笑顔も増え、人て笑顔に惹かれると私は想っています。
それが私の【日々のモットー】です💝

難しい人や話しかけ憎いひとて居ませんでした?。その人が笑顔を見ると話しかけやすかったり接しても疲れにくいと思っています。『笑う門には福来る』て、云われていますよね~笑顔が少しでもでるように精一杯、努めていきますのでよろしくお願いいたします。

【資格】

愛知県 准看護師免許証を交付を受ける

看護師免許証を交付を受ける

3学会合同呼吸療法認定士として認定を受ける

呼吸筋ストレッチ体操指導士の認定を得られる

カラーコミュニケーション アドバイザーを修了認定

医療的ケア教員講習会修了証

長文でありましたが、読んで頂きありがとうございました。

ご相談をお待ちしておりますね。

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